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- 北九州市 〜前編〜
僕は育ちが福岡なのだけど、出生届の住所は北九州市。仕事でも、プライベートでも来る事はあるけど、考えたら掘り下げたことがなかった。
「暮らす様に旅する」
目的を持った移動ではなくその土地の空気や風土を感じに行く旅。
今回は北九州市。
九州の玄関口小倉
筑豊の炭鉱から石炭が集まった若松
海の物流拠点門司港
八幡製鉄所
考えたら素晴らしいレガシーに溢れていて昭和のディズニーランドみたいな街だ。製鉄所跡地に建ったスペースワールドというテーマパークは、気づいたらイオンになっていた。元々スペースワールドがあった地区には1901年に建造された東田第一高炉が今も残っている。最近たまたま通った時、もしかしたらこの高炉の並びをみて「なんかNASAっぽいぞ」と、スペースワールド作ろうと思ったんじゃないのか?って思った。
そういえば中学生の頃、フリーフォールGOってアトラクションがあって、小雨の降る中50メートルから一気に下に落ちるというそのアトラクションに乗った時、頂上で「雨の為一旦中断します」アナウンスが流れて、シトシト小雨のなか地上50メートルで、10分位待たされたところで「試運転開始します」とかアナウンスされた後、「試運転???」って考えてる3秒後には地上だったというトラウマがある。もしかしたらアナウンスも含めてアトラクションだったのかもしれないけど、その日以来どんなに偉い人に言われても絶叫マシンには乗らないし、なんならマンション建築現場の工事用エレベーターにも乗れなくなった。
ところで、そんな北九州にleicaを持って旅をする事になった。
メンバーは、That’s All Right.の梅ちゃんと羊サンライズ波留人。
梅ちゃんは今やゲーツのホームページから僕の悪ノリTシャツなど、ゲーツのデザイン周りを全部任せてる会社の偉い人でたまたま同い年だし、会社案内代わりのおっぱいノートは今や伝説。波留人は羊サンライズが今ほど流行ってなかった頃からお店に行っていたのだけど、何年か前羊サンライズのロゴが気持ち悪くて、梅ちゃんに言って半ば勝手にロゴ変えた事があってこの3人組はそれ以来2ヶ月に一度程のペースで旅をしている。
福岡空港には前乗りしていた隼人が新しく買ったGLSで迎えに来ていた。福岡には以前からLSというレクサスのランクルみたいな車を置いていた。というのも福岡では自分で運転する事も多いし、サーフボード積みたいし、後部座席に乗る時もカッコつけたいし、みたいな用途だったのだけどやっぱり運転しててどこかつまらない。それで、「コロナだし、もう要らないか!」と思って売却すると、何故か途端に福岡で、しかも車移動の仕事が次々に入ってくる。いっときはレンタカーのプリウスとかステップワゴンとか乗っててそれも楽しかったのだけど、運転マナーの素晴らしい福岡県ではとても酷い扱いを受ける(笑)因みに僕らの世代は自動車学校で習う運転も今だと煽り運転だった(泣)
で、長くなったけどGLS。今日が初乗り。
3人で乗り込んで最初に向かったのは門司港。敢えて手前で都市高速を降りると、199号海沿いを走る。僕は港町が好きだ。しかも海があって倉庫があってすぐに山がある。世界中のどこでもこの感じの景色が好きなのは、ここが原風景だからだと思う。
小倉から20分ほど北に向かうと門司区に入る。松原三丁目の結婚式場の隣に、9GATES.ASIAが所有する2500坪の土地がある。今は三菱商事エネルギーさんにお借り頂いて出光ブランドで宇佐美鉱油さんがGSを運営されている九州で一番大きなガソリンスタンドらしい。宇佐美さんのCMで一番最後に出てくる夕景がその場所だ。僕から言わせると日本で一番眺めの良いガソリンスタンドだ。スタンドの奥には関門海峡があり、関門橋を見る事ができる。
当時この土地を購入する時、知り合いから「門司港に土地があるんだけど、年度内に決済してくれるなら売れるんだけど」って言われた。
その頃は現金で買う程手元にないし、どうせ銀行貸してくれないだろうし、なんと言っても3/12にこの話聞いて月末までとか無理に決まってると思っていて、だけどいつもの安請け合いで、「わかりました!」と軽く流しておいた。その夜は京味だったし、今は亡き西さんの味を堪能させて頂いて、土地の事なんかすっかり忘れてしまっていた。
翌朝「手続きどうしたらいい?」って電話が来てしまった。やばい!とりあえず「融資行けたら買いますよ」と伝えた。
やっぱり、NOは早く、YESはじっくりとだ。不動産屋はNOと言わなければYESと取るんだった(汗)
大慌てで福岡時代の元部下で不動産ファンド関連の役員に連絡して北九州の銀行の偉い人たちにApo取ってもらった。直ぐに手配してもらったものの、僕は翌日からNYに行く予定があったので、開発の多田さんが代理で行くことになった。そもそもどうせ借りれないだろうと思ってたし。
ここからは多田さんの話だけど
一行目、某銀行「話はわかりました。初めてのお付き合いなので慎重に検討させて頂きます。」時間の無駄
二行目、ここはそもそも直近で奇跡の11億借りたばかりで無理なのはわかっていた。
三行目、ここは今や都銀に匹敵する位の九州の盟主的銀行。
僕もここは特に無理だろうと思っていた。
ところが、まさかの「前向きに進めます、決算書送ってください」と言われたらしい。さらにまさかの多田さんは即答で「有ります!三期分ここに」流石に銀行担当者も「あるんかい!」となったらしいけどとにかく引っかかりはあった。1週間後帰国した頃まさかの融資承認の連絡が入った。福銀に千円も貯金してなかったのに。
当時はお金借りる度に個人保証していたので、金消契約をしに北九州へ行く事になった。北九州空港に着いて多田さんとトヨタのボクシーかなんかのレンタカーで向かいながら昼ご飯ちゃんぽん食べようか?なんて言ってると
「代表現地見た事あるんですか?」と聞かれた。「門司港やろだいたいわかるよ」そう言うと、話にでたらやばいからちゃんと見た方がいいという。
黙って車に乗ってると、多田さんは門司港ではなく、手前の大里インターで降りようとしている。「多田さん、ここは門司よ、門司港はもっと先よ」「あれ?ナビ入れてるんですけど」という。まあいいかと思って乗ってると、「着きました」って。
いやいやここは。。なんと、今は叔父が建てたビルになっているけど父親の生家から500メートルのところだった。
見といてよかった。海と関門橋をのぞむ2500坪。素晴らしいお導きだった。
後編に続く。


